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はじめに

近年,各種の移動ロボットの開発が盛んである.そう遠くない将来,工場,病院,倉庫などで,人間に代わって作業するロボットが実現すると思われる.ロボットにはますます知的で高度な作業を担うことが求められている[1].家庭内作業,健康管理やセキュリティ確保,社会財のメンテナンスや建設など生活や社会が必要とするインフラ作業にも移動ロボットの活躍の場が期待されている.人間の制御にたよらず自律的に走行する移動ロボットの実用化は加速度的に進むと思われる. このような高度な作業を行うロボットには,衝突回避や協調動作などの従来より優れた運動性能が要求される.狭い床面上を切り返し運転や据え切り運転によらずに任意の方向に自由自在に動き回ることができ,目的の場所に正確に位置決めできる移動ロボットの開発が求められる[2,3]. そこで,瞬時に任意な(x,y,θ)の平面3自由度の速度を発生できるホロノミック[4]な全方向移動ロボットが理想的である.この移動機構はすでに1975年頃から開発・研究が始まっていたが,近年あらためて脚光を浴びることとなった.例えば,スウェーデンで開発された車輪[5]の外周に45度傾斜したビヤ樽形のローラを配置した車輪を4個配置したMecanum Wheel方式の走行機構やStanford大学で開発された車輪[6]の外周にローラを円周方向に配置した車輪を3個使用したRoller Wheel方式の走行機構などが考案されている.このMecanum Whellを用いた3輪と4輪の運動学[7]やRoller Wheelを用いた3輪の運動学[8]の研究が報告されている. 一般的に,3輪に比較して4輪の駆動方式では接地の安定性が得られるものの,各車輪をそれぞれ独立で駆動すると1自由度冗長となってしまうことがあげられる.そこで,4輪を3つのアクチュエータで駆動する駆動伝達機構による優れた装置が開発されている[9].しかし,人や重量物の運搬などを想定した場合,三輪に比べて安定性・操作性は優れている.また,車輪をそれぞれ独立して駆動することによって,駆動装置の小型化や機構の簡素化が図られる.これらの観点からみて4輪独立駆動は優れた長所を持っているといえる. 著者は,全方向移動機構に車輪の円周上に多数のローラを配置したRoller Wheel方式の一種である車輪を用いて4輪独立駆動型全方向移動ロボットの開発を行った[16].この4個の車輪は,その回転軸が90度間隔で一点で交差するように配置された走行機構である.この移動機構にMecanum Whellを用いた4輪の運動学モデルを適応させながらも,4輪独立駆動であることを活用して,アッカーマン理論を適用することによって瞬間回転中心を含む移動体の運動の式の導出を行った.その走行シミュレーションや運動特性実験を行い,運動性能の確認を行った.シミュレーションでは本移動装置が車体の向きを変えることなくあらゆる方向に移動できる全方向走行モード,任意の瞬間回転中心が平面上の任意の位置に連続的に変化する旋回走行モード,さらに瞬間回転中心を車体中心とする回転走行モードなど,あらゆる走行モードが可能であることを確認した.自動車などがカーブを走行するカー走行モードは,旋回走行モードの一種である.走行特性実験では,DCモータ駆動型とステッピングモータ駆動型の試作機を製作し,各種の走行特性実験を行い,それらの比較検討も行った.さらに,総合的な走行評価を行うためにステッピングモータ駆動型装置に筆上下機構を付加することによって「書道ロボット」を製作し,走行特性実験を行った[17,18,20].これらから得られた知見は,この装置がホロノミックな拘束を受ける運動特性を有しており,瞬時にあらゆる方向に移動が可能な運動特性を確認することができた[19]. 複雑な作業を複数の行動主体(ロボットや情報処理エージェント)が協調しあいながら,総体として作業を実施することを目的とするロボットシステムに,群知能ロボットシステム・自立分散ロボットシステム・マルチエージェントロボットシステムがある.これらの複数のロボットエージェントから構成されるロボットシステムの研究は緒に着いたばかりであるが,これらの研究に全方向移動ロボットが期待されている. 全方向移動機構の応用として,瞬時に全方向移動が可能な特徴を持つホロノミックな球形車輪移動装置の開発を行った.すでに完全球形な全方向移動ロボット[26,27]は開発されているが,その移動は非−ホロノミックな拘束を持ち,あらゆる方向の瞬時な移動は不可能である.また,この構造は球殻車体を持ち,二輪駆動車がその中に挿入されている.そこで,我々が開発した四輪独立駆動型全方向移動ロボットを球殻ロボットに応用してみた.ホロノミックな拘束の特性を持ち,瞬時にあらゆる方向に移動が可能である.この全方向球殻ロボットの製作とその走行実験を行い有用性を確認した[47].優れた気密性を持ち,次世代のホビーから工業用までのロボットとして期待できる. 全方向移動ロボットの実用的な応用として、障害者用全方向車椅子の開発が考えられる[39].そこで,手に障害を持つ人のためのマウス入力装置に替わる首や肩を使用したパソコン入力装置の開発を行い,全方向移動車椅子の操縦装置への応用の研究を行った.重度の脳性麻痺者や高位の脊髄損傷者の場合,キーボードなどのコンピュータの入力装置を手で操作するのが困難なことがある.従来からキーボードに替わる多くの障害者支援装置が開発されている.近年のパソコンを取り巻く環境は大きく変貌し,マウス入力がキーボード入力に取って替わろうとしている. $C_4$ 脊髄損傷者においては,胸鎖乳突筋・僧帽筋などの機能が残存するため頸部の屈曲・伸展・回旋,および肩甲筋の挙上が可能である.そこで,マウス入力装置に替わる首による入力装置を開発し,全方向移動ロボットを車椅子の走行機構に応用することと併せて,この入力装置が全方向障害者用車椅子の操縦装置に応用することを考案した[40,41]. 本論文の構成を以下に記述する.全方向移動ロボットの運動特性を解析するために,第2章では,全方向移動ロボット(装置)の走行メカニズムと運動学について報告する.各種の全方向移動可能な装置の走行メカニズムを紹介し,その中でもホロノミックな全方向移動ロボットの4輪と3輪についての運動学や逆運動学を述べ,本研究の4輪 Roller Whell 方式の全方向移動ロボットの運動学の導出を行う.第3章では,2章で導出した式を用いて走行シミュレーションを行い,全方向移動装置の運動能力を調べた.第4章では,DCモータ駆動とステッピングモータ駆動による全方向移動ロボットを製作し,各種走行特性実験を行い,その走行評価を行った.また,全方向移動ロボットに筆上下機構を付加することによって,「書道ロボット」を製作し,草書体の字を床に描画させることによって,このロボットの総合的な走行特性実験を行った.その報告を行う.第5章では,全方向移動機構を完全球形ロボットの駆動機構に応用することで,新しい駆動機構を提案し,その試作機の走行特性について報告する.第6章では,全方向移動装置の実用的な応用として,手に障害を持つ人のためのパーソナルコンピュータのマウスの手入力に替わる首と肩による入力システムを開発した.この装置を全方向車椅子の操縦装置に応用することを提案する.

Shoichiro FUJISAWA